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永遠の笑顔

 22, 2018 23:37
昨夕、mikanが亡くなり、 
本日、火葬にしてきました。

朝のmikanは、本当に眠っているようでした。
ここ数年、耳が聞こえなくなっていたmikan。
眠っている時間も増えていたので、呼んでも起きなくても
さほど不思議ではない気がしていました。

でも、触ったら、やっぱり冷たくって。

a-DSC_0660.jpg

もうすぐ、この体もなくなってしまうのかと思うと、
胸がつぶれそうでした。

mikanのために用意した花はピンク。

a-DSC_0662.jpg

お転婆だったmikanですが、
やっぱり赤いお洋服が多く、女の子だなぁと思うこともありました。

最後まであんよも揃えて、
お行儀よかったね。

a-DSC_0665.jpg

火葬の場所はkoroと同じ。
火葬の時間もkoroと同じ。
火葬の炉も同じ番号でした。

a-DSC_0672.jpg

最後のサヨナラです。

koroの時に来てくれた友達が、
今回も来てくれて、
一緒にサヨナラできました。

周りをお花で飾り、
おやつと写真を持たせました。

a-DSC_0685.jpg

・・・・

それから1時間半。
mikanはその姿を変え、
小さくなって出てきました。

最後までふさふさだった毛並み。
最後まで痩せなかった体。

みーんな、なくなっちゃいました。

a-DSC_0686.jpg

骨壺に入れたら、koroの時よりカサが少なく、
重さも軽く感じました。

やっぱり、女の子。
ガッシリしているように見えても、骨は華奢だったのかもしれません。

a-DSC_0687.jpg

体は消えてしまったmikanですが、
私の中のmikanは、もう永遠に笑顔です。


mikanのいなくなった家へ帰ってきましたが、
シーンとして、生きている息遣いもなくなった部屋の中は
とても静かで、寂しくなりました。

koroが一番!と思って今まで過ごしてきましたが、
mikanがいなくなってこんなにキツイとは・・・・
ちょっと想定外です。


しばらくは部屋を整理しながら、
koroとmikanとの楽しかった日々を思い返したいと思っています。


みんな、アタチのこと忘れないでよ~

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父逝く

 24, 2018 01:07
ご無沙汰になってしまいました。
前回、更新したその日、父が逝きました。

日、月で伊東へ行き、もう一日休みをとろうかと思いつつも
「テレビを見たい」と相撲を観戦した父に安心し
次の週末までは大丈夫だろうと思って帰ってきました。

父が逝ったのはその翌日の午前でした。

前週の金曜日から室内での歩行器の歩行も無理と判断され
介護ベッドを入れたばかりでした。
寝たきりになって4日目、自宅での旅立ちでした。

ケアマネさんがちょうど一緒にいてくださって、
呼吸がおかしくなってきたのでそのまま立ち会ってくれたのだそうです。
苦しむこともなく、スッと呼吸が止まったのだそうです。

90歳でした。
数年前から父は「いつ死んでもおかしくない歳なんだから
必要以上に悲しむな」と言っていました。
「わかってる」そう言って、実家から帰るとき、いつも「これが最後になるかも」
と思っていたはずでした。

それなのに、悲しすぎる。
悲しすぎるのに、人前で一粒も涙が出ないのです。
一人になったら声を上げるほど泣けるのに。

生前(もちろん元気な頃)父とはぶつかることが多く、
父の言動にはイラっとすることもあり、
もしや、父が逝っても案外平気なんじゃないか・・・とまで思ったりしていました。
一緒に暮らしているkoroの死の方がずっとずっと悲しいんじゃないかと
思っていました。
でも、人間って言葉があるので、一つ一つ、父の言っていた言葉が思い出されて
ならないのです。

90歳まで運転をし、90歳の誕生日を迎えた6月には、
このままだったら100歳まで生きられそうと本人も周りも思うほど
元気で勢いがありました。
8月には足の悪かった私を迎えに駅まで車で来てくれました。

めそめそしている私を見て、「いまさら、なんだ!」と言っているかもしれません。
もう私にバトンを渡したんですよね、父は。
安心して逝ったんですよね。
母のこと、私に任せたってことですよね。


koroとmikanのブログなのだけれど、
どうしても、心を抑えることができず
ここに書かせてもらいました。
明日からは、またkoroとmikanのことに戻ります。

皆様にもご心配をおかけしました。
ありがとうございました。


ママが泣くとアタチも悲しい・・。by mikan

模様替え

 14, 2018 01:46
飾りっ気のない我が家ですが、
一つだけお気に入りの絵がありました。

単なるポスターですが、ヒロ・ヤマガタのマスターズの絵です。
ゴルフ好きな私はとても気に入ったため、最初の自宅を購入した20年以上も前、
新居のお祝いに父が買ってくれたものでした。

c-DSC_8594.jpg

しかし、さすがに単なるポスターなので、色が褪せ、全体がブルーっぽく
なってしまいました。

そのことがとても気になり、同じ場所に飾る良い絵がないか・・・と探していたのですが
ここに新たに同じサイズで絵を収めることにしました。

c-DSC_5379.jpg 

NUKUNUKUさんに書いてもらったkoroとmikanの絵です。
全体が横に100センチ以上あるので、koroもmikanもとても大きく描かれています。
背景のグリーンは特に指定したわけではないのですが、
koroとmikanが大好きだった緑の中にいる絵になっているので
とても気に入っています。

これからはkoroちゃん、ずーっと見守っていてね。


いろんなことがあるけど
二人で乗り越えたように
ママにも勇気を与えようね

十分すぎる時間【2月】

 29, 2017 01:08
ひとつひとつ振り返る日々が懐かしく切ない・・・。
koroとの思い出は、本当に素敵すぎる・・・。

お正月に実家へkoroを連れていって、
もう、一緒の泊まりは無理かな・・・と感じていた。

けれど、家の中では変わらず穏やかな時間が流れていたよね。

c-CIMG6307.jpg 

本当に歩けないだけで、それ以外は穏やかにいつもと変わらず優しい顔を見せてくれるkoro。
素敵な日々だったね。

寒い日々はkoroの老いた体に厳しいだろうとコタツの中に入れたりしたね。

c-CIMG6311.jpg

koroはコタツが大好きだった。
元気だった頃、koroは自らコタツに入って、すやすや寝ていたもんね。

自分で体を支えていることが難しくなり、
食べている間にだんだん崩れてしまうから、
この頃から車椅子のお世話になったね。

c-CIMG6320.jpg 

車椅子に体を預ければ自力で食べられたっけね。

柔らかいご飯にしていたこの頃。
もしかしたら、逆に食べにくかったかな・・・といまさらながら思う。
舌が上手く使えなくなっていたんだもんね。

c-CIMG6326.jpg 

最後の数ヶ月はカートでもお散歩しなくなっていたけど、
この頃はかろうじて伏せのスタイルを時には出来たりして、
カートの前の部分が網になっていたために外を見ることができて
よかったなぁと思っていました。

koroは白い服がよく似合っていたね。

c-CIMG6330.jpg 

カートでお出かけした先で、そっと立たせてみると後ろ足の部分を
倒れないように支えてあげれば少しなら歩けることもわかった。
「がんばれ」って応援していたよ。

日差しがたっぷりの日は、大好きな公園へお散歩に行ったりしたよね。

c-CIMG6416.jpg 

ここは本当に最後までkoroを連れて行った場所でした。

家に帰れば疲れてバタンキュー。
でも、最後の頃と違って、伏せた状態でバンザイのまま寝ることができていた。
まだまだ元気な証拠だったんだね。

c-CIMG6424.jpg

家の中でも歩く練習をしたほうがいいのかな、
体力を少しでもつけたほうがいいのかな、
と、車椅子を使って歩く練習をしてみたけど、
家の中は障害物も多かったし、あまり練習にならなかったね。

c-DSC_4477.jpg 

そして。
koroにとって最後の旅行となるこの時。

c-DSC_4494.jpg 

ちょっと無理かな。
旅行先でも歩けないし・・・とは思ったけれど、
どうしても思い出を作りたくて。

c-DSC_4541.jpg 

南伊豆。
ここなら冬の終わりでも暖かい・・・。

c-DSC_4514.jpg 

koroは歩いた。
一生懸命歩いた。

ギッタンバッコンどころかやっとやっとの感じだったけれど、
一人でちゃーんと歩けたんだよね。

c-DSC_4580.jpg 

最後の桜、河津桜は満開を少し過ぎていたね。
前日のギッタンバッコンで疲れちゃったのか、ずーっと寝ていたkoro。
もう、体力的にも旅行は無理だなぁと感じたこの時。

でも、koro。
本当に楽しかったんだよ。
koroとの53回目の旅行だったよね。
一緒に行くということに意味のあった旅行で、
一緒にいることがこれほど幸せだって感じたことはなかったよ。

ありがとう、koro。
たっぷりな時間をくれてありがとう。

思い出ズルズル引きずってごめんね
もう少し、もう少し。

いろいろな場面

 23, 2017 08:47
そんなつもりはなかったんですけど、
なんだかずっと追悼ネタをし続けているママをお許し下さい。

koroがいなくなってすぐ、あっという間にkoro用のマットとか
布団とか、キレイさっぱり片付けたママ。

でも、mikanのお散歩で気づいた。

c-DSC_8591.jpg

お散歩用のグッズ。
レインコートとカラー&リード。
これは片付けられません。
mikanだけのモノにしたっていいはずなのに。
mikanのグッズをたくさん並べればいいのに。
どうしても、この光景をやめることができません。

koroが亡くなる前も、寝たきりになって、カートで移動させることさえ
辛いだろうと思われていた時期、mikanだけを散歩に連れていくことは
よくありました。
だから、この光景からmikanだけの散歩をスタートすることは
慣れています。

けれど、もうkoroがいないのだから、片付けても・・・と思うのだけど
それだけはできない。


それから、mikanがひとりで食べること、
これも何ヶ月も当たり前の光景でした。

c-DSC_8589.jpg 

さすがにこちらは一人分に変えました。

c-DSC_8590.jpg 

やけにスペースが広くなって、淋しさを誘いますが、
衛生面も考えると仕方がありません。

koroがこのテーブルから食べたり飲んだりできなくなってからも
亡くなるまでテーブルは使っていました。
koro分にはお水を入れていました。
でも、もうそれもどうかと思い、さすがにmikanだけにしたのです。


いろいろあるよ、koro。

c-DSC_8593.jpg 

ずいぶん心の整理はついているつもりだけど
やっぱりどうにもできないものもある。
それでもいいんですかね。


亡くなったあと、みなさんからいただいた生花は、今も枯れることなく
元気に咲いています。
冬だからということもあるかもしれませんね。
でも、お部屋の中は暖かいのに、これだけ頑張ってくれているのは
きっと、koroの最後までの頑張りを讃えていてくれるのかもしれません。

そろそろクリスマスっぽいお花も買いたいな・・・と思う今日でした。


○●----------------------------------------------------●○

平日に一日伊東へ行ったので、先週末は伊東行きをお休みしたママです。
今週は、今日クリスマスをやって明日日帰りで伊東へ行ってきます。

年末年始の過ごし方としては、
例年は年末は相模原にいて、元旦から伊東へというのが長年の慣例となっていましたが、
今年は後悔したくないのでお休みすべてを伊東で過ごそうと思っています。

この過ごし方が出来るのもkoroがお空に旅立ったからこそです。
koroはそこまで考えていてくれたと思います。
いつも、どんな時も、ママを支えていてくれるkoroでした。

お正月、寝て過ごそっか

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