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生きていれば

 01, 2019 01:17
koroが生きていたら。
今日はkoroの誕生日。
koroの20歳の誕生日。

ちょうど20年前の今日、koroは生まれたのでした。
ブリーダーさんが「失敗作」と言っていたその子は
とてもおとなしくて、でも臆病じゃなくて
世界で一匹だけの犬種、柴とスピッツのあいのこちゃんでした。

その日から少しして。
インターネットの画面の中でママはkoroと出会ったの。

16歳くらいから歩くのが難しくなってきていたけれど、
18歳の誕生日を迎えるまで頑張ってくれたkoro。

そんなに長い間一緒にいたんだっけ?

まだまだ足りないよ。
足りなかったよ。
たくさんたくさん遊んだけど、
たくさんたくさん一緒に歩いたけど、
やっぱり足りなかったよ。

koro 10歳の夏 河口湖
d-DSC_0152.jpg

もいちど、もいちど、会いたいよ~
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思い出すのは

 23, 2019 00:10
思い出すのは楽しいことばかり。

一人ぼっちで縁もゆかりもない土地で暮らすことになって。
koroとmikanがどれほど私の心を救ったか。
毎週彼らを楽しませることばかりを考え、
一緒に過ごす時間を本当に大切にしていた。

初めて住んだ部屋は、大阪の環状線という、東京での山手線みたいなJRのとある駅。
その部屋を見つけたとき、天井の高さと、ロフトと、窓から見える川とUSJに感動して
即決。

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koroとmikanには慣れたベッドを持ち込んたせいか
二人はすぐに新しい環境に慣れて、狭い部屋でのお留守番も
頑張ってくれたっけ。

職場がすぐそばだったので、朝はゆっくり散歩ができた。
そのために買ったバギー。

d-CIMG0137 (2)

毎朝のお散歩は楽しかったね。
近所のおじちゃんと仲良くなったり、マンションの1階にある鉄板焼き屋さんに
かわいがってもらったり。
公園が近かったマンションは本当にありがたかったなぁ。

もう一度、そこからやり直したいな。
後悔はないけど、その日々があまりにも楽しかったから。
もう一度、二人に会いたいな。
二度と会えないということが、まだ受け入れられていないのかもね。

もちろん、今も楽しいんだけどね。
けど、取り戻せないから、あの頃を繰り返したいのかもね。


よろしければ、しじみちゃんとの生活もご覧ください。
koroとmikanとの暮らしとは全く趣の違った
元気いっぱいの日々が展開されていることと思います。

「しじみと散歩」
http://2daimekogi.blog.fc2.com/

ふとした瞬間に

 14, 2019 20:28
もう更新することはないかな・・・と正直思っていたブログですが
新たな子との暮らしが楽しければ楽しいほど、
今は亡きkoroやmikanに感謝する気持ちがわいてきています。


もう誰も見に来られないだろうブログですが、
やっぱりkoroとmikanがいてくれたからこその今。
感謝の気持ちを記録しておきたくなりました。

思っていたほどのペットロスは、私にはなく、
尽くせる限りの介護をしたからだと思っていますが、
やはり思い出せば、「楽しかった」「日々笑っていた」という思いが
胸を苦しくし、じわっと涙が沸き上がってきたりします。

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koroとmikanが家の中にいた暮らしは本当に素敵で充実していました。
koroとmikanは本当に良い子でした。
もう二度と会えないと思うと胸が詰まります。

できることならもう一度モフモフしたいなぁ。

新しい子ーしじみちゃんーは同じように胸を熱くするような感情を沸かせる子に
なるでしょうか。
きっと笑いの多い生活はできるのだろうと思いますが、
やっぱり時々、ここへ帰ってきてkoroとmikanのことを話させてほしいと
思います。

よろしければ、しじみちゃんとの生活もご覧ください。
koroとmikanとの暮らしとは全く趣の違った
元気いっぱいの日々が展開されていることと思います。

「しじみと散歩」
http://2daimekogi.blog.fc2.com/

永遠の笑顔

 22, 2018 23:37
昨夕、mikanが亡くなり、 
本日、火葬にしてきました。

朝のmikanは、本当に眠っているようでした。
ここ数年、耳が聞こえなくなっていたmikan。
眠っている時間も増えていたので、呼んでも起きなくても
さほど不思議ではない気がしていました。

でも、触ったら、やっぱり冷たくって。

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もうすぐ、この体もなくなってしまうのかと思うと、
胸がつぶれそうでした。

mikanのために用意した花はピンク。

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お転婆だったmikanですが、
やっぱり赤いお洋服が多く、女の子だなぁと思うこともありました。

最後まであんよも揃えて、
お行儀よかったね。

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火葬の場所はkoroと同じ。
火葬の時間もkoroと同じ。
火葬の炉も同じ番号でした。

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最後のサヨナラです。

koroの時に来てくれた友達が、
今回も来てくれて、
一緒にサヨナラできました。

周りをお花で飾り、
おやつと写真を持たせました。

a-DSC_0685.jpg

・・・・

それから1時間半。
mikanはその姿を変え、
小さくなって出てきました。

最後までふさふさだった毛並み。
最後まで痩せなかった体。

みーんな、なくなっちゃいました。

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骨壺に入れたら、koroの時よりカサが少なく、
重さも軽く感じました。

やっぱり、女の子。
ガッシリしているように見えても、骨は華奢だったのかもしれません。

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体は消えてしまったmikanですが、
私の中のmikanは、もう永遠に笑顔です。


mikanのいなくなった家へ帰ってきましたが、
シーンとして、生きている息遣いもなくなった部屋の中は
とても静かで、寂しくなりました。

koroが一番!と思って今まで過ごしてきましたが、
mikanがいなくなってこんなにキツイとは・・・・
ちょっと想定外です。


しばらくは部屋を整理しながら、
koroとmikanとの楽しかった日々を思い返したいと思っています。


みんな、アタチのこと忘れないでよ~

父逝く

 24, 2018 01:07
ご無沙汰になってしまいました。
前回、更新したその日、父が逝きました。

日、月で伊東へ行き、もう一日休みをとろうかと思いつつも
「テレビを見たい」と相撲を観戦した父に安心し
次の週末までは大丈夫だろうと思って帰ってきました。

父が逝ったのはその翌日の午前でした。

前週の金曜日から室内での歩行器の歩行も無理と判断され
介護ベッドを入れたばかりでした。
寝たきりになって4日目、自宅での旅立ちでした。

ケアマネさんがちょうど一緒にいてくださって、
呼吸がおかしくなってきたのでそのまま立ち会ってくれたのだそうです。
苦しむこともなく、スッと呼吸が止まったのだそうです。

90歳でした。
数年前から父は「いつ死んでもおかしくない歳なんだから
必要以上に悲しむな」と言っていました。
「わかってる」そう言って、実家から帰るとき、いつも「これが最後になるかも」
と思っていたはずでした。

それなのに、悲しすぎる。
悲しすぎるのに、人前で一粒も涙が出ないのです。
一人になったら声を上げるほど泣けるのに。

生前(もちろん元気な頃)父とはぶつかることが多く、
父の言動にはイラっとすることもあり、
もしや、父が逝っても案外平気なんじゃないか・・・とまで思ったりしていました。
一緒に暮らしているkoroの死の方がずっとずっと悲しいんじゃないかと
思っていました。
でも、人間って言葉があるので、一つ一つ、父の言っていた言葉が思い出されて
ならないのです。

90歳まで運転をし、90歳の誕生日を迎えた6月には、
このままだったら100歳まで生きられそうと本人も周りも思うほど
元気で勢いがありました。
8月には足の悪かった私を迎えに駅まで車で来てくれました。

めそめそしている私を見て、「いまさら、なんだ!」と言っているかもしれません。
もう私にバトンを渡したんですよね、父は。
安心して逝ったんですよね。
母のこと、私に任せたってことですよね。


koroとmikanのブログなのだけれど、
どうしても、心を抑えることができず
ここに書かせてもらいました。
明日からは、またkoroとmikanのことに戻ります。

皆様にもご心配をおかけしました。
ありがとうございました。


ママが泣くとアタチも悲しい・・。by mikan

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